ダンボールと安倍公房の「箱男」

私は学生時代に「難解なものは高級なもの」と考えていたのか、安部公房の本を漁り読んだ時期があります。安倍公房ご本人は1993年に逝去されましたが、難解過ぎて、途中で断念した著作に1972年発表の「箱男」というのがあります。

「箱男」は、物語性という従来の小説構造に対する異化を唱え、安部公房が「反小説」(アンチロマン)を試みた小説の実験作といわれます。

ダンボール箱を頭からすっぽりとかぶり、のぞき窓から外の世界を見つめて都市をさまよう「箱男」の記録です。

 私が所有している、初版単行本の表紙には著者自身のメッセージが記されています。

 「都市には異端の臭いが立ち込めている。人は自由な参加の機会を求め、永遠の不在証明を夢見る。そこで、ダンボールの箱にもぐり込む者が現れたりする。

  被ったとたんに誰でもない存在になってしまえる。だが誰でもないということは、同時に誰でもありうることだろう。不在証明を手に入れても、代わりに存在証明を手渡したことになるわけだ。匿名の夢である。そんな夢に、果して人は何処まで耐えうるものだろうか」

安部公房が「箱男」を書くきっかけとなったのは、たまたまホームレス取り締まりの現場に居合わせたとき。上半身にダンボール箱をかぶったホームレスに遭遇してショックを受け、小説を書くイマジネーションが湧いてきたといいます。

 当時の私は文学を志す学部生ではないことから、安部公房の著作意図など知る由もなく、安易に「ホームレスとダンボール」の発想から小説を読みかけました。それが全く予期しない内容に面喰い、参ったのを覚えています。

 私が安部公房の「箱男」に挑戦していた学生時代、東京都庁はまだ丸の内にあり、現都庁がある西新宿の地下街は「箱男」の生息地域でした。それこそ、ダンボール箱を器用に作り替え、まさにダンボールハウスを制作した強者(つわもの)もいました。

ところが1990年の新都庁完成を前に、西新宿の地下街は、動く歩道が設置され、色々なオブジェが林立して、「警棒を持った彼ら」が立ち退きを命じ、「箱男」の生息地帯ではなくなってしまいました。

1980年代に西新宿に勤務先があった関係で、私は西新宿のダンボールハウスの周辺に立ち込める異臭には辟易していました。しかし日本の高度経済成長の過程で各々の事情が彼らを「箱男」にさせたのだろう、という複雑な感情が自分の中に同居していました。もしかして明日は自分が「箱男」に、と頭をよぎったことは事実です。

ところで「箱男」たちは何処に行ったのでしょうか?永遠の不在証明を得たのでしょうか?